創業・起業はアイデアと度胸次第。自分の意志で判断し、やりたいことを実現する人生。夢は膨らむものの、一歩が踏み込めないのも正直なところです。YAMAGATAビジネスアイディア博は、起業・創業のトップランナーや先達から、その魅力やノウハウ、心意気を学ぶ若者向けのプロジェクトです。山形の新時代を切り開く、あなたの参加をお待ちしてます。

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キックオフイベント 山形若者創業応援プロジェクト

新・創業の時代〜さあ、夢をかなえよう新たな創業の時代始まる〜

日時

平成30年7月14日(土)14:00〜

会場

ホテルメトロポリタン山形

〒990-0039 山形県山形市香澄町1丁目1−1
  • 14:05─14:50 メイントークショー
    「新・創業の時代〜さあ、夢をかなえよう新たな創業の時代始まる〜」
  • 14:55─15:50 パネルディスカッション
    「創業のチャンス広がる〜さあ、翼を広げて飛び立とう〜」
  • 16:00─16:55 若手創業者育成キックオフ交流会
定員150名
マップ

メイントークショー

津田大介
ジャーナリスト
ソーシャルメディアを利用した新しいジャーナリズムをさまざまな形で実践。有限会社ネオローグ代表取締役
津田大介

1973年生まれ。東京都出身。早稲田大学文学学術院教授。テレ朝チャンネル2「津田大介 日本にプラス+」キャスター。J-WAVE「JAM THE WORLD」ニュース・スーパーバイザー。メディア、ジャーナリズム、IT・ネットサービス、コンテンツビジネス、著作権問題などを専門分野に執筆活動を行う。ソーシャルメディアを利用した新しいジャーナリズムをさまざまな形で実践。 世界経済フォーラム(ダボス会議)「ヤング・グローバル・リーダーズ2013」選出。

パネルディスカッション
創業のチャンス広がる〜さあ、翼を広げて飛び立とう〜

コーディネーター

大木ヒロシ氏

大木ヒロシ氏ジャイロ総合コンサルティング㈱
代表取締役

タブロイド紙の記者をかわきりに、ビジネス系のジャーナリストとして「商業界」や「ファッション販売」「食品商業」「日経ストアデザイン」「日経ギフト」「日本のFC年鑑」「独立開業」「オールセールス」「ストアジャーナル」などの雑誌の特集記事、新聞記事などを多く手がけている。自らもビジネスを複数立ち上げた経験も持ち、取材と実践を繰り返すことで得た成功理論に基づいて、セミナーおよびコンサルティングを業務とするジャイロ総合コンサルティング(株)を立ち上げる。大手企業から中小企業までの多くのコンサルティングにおける成功事例を持つ。また、年間の講演回数は200回を越える超人気講師でもあり、感動と共鳴を生む講演スタイルは他に追随を許さず、日常は多忙を極める。現職はジャイロ総合コンサルティング株式会社取締役会長・中小企業大学校講師・日本商業コンサルタント協会専務理事。コミュニケーション検定委員。

パネラー

長濱温子氏

長濱温子氏カフェバー&グランピングスポット GLAMPiC 代表

2014年明治大学商学部商学科マーケティングコース卒業。株式会社アクセスヒューマネクスト入社。新卒採用コンサルティング部門の企画営業職として2年勤務。メガバンクなど大企業から中小企業の新卒採用に関するイベント企画、提案、営業、運営、PR、WEBや販促物作成を行う。 2016年株式会社アクセスヒューマネクスト退社。旅行が好きで、世界一周ののち海外でゲストハウス起業を考えたのがきっかけ。パートナーが山形に来たのをきっかけに山形へ移住。 2017年10月にGLAMPiC(グランピック)設立

奥山 哲氏

奥山 哲氏Body care salon mizizi代表

高校の部活で怪我をし、リハビリを受けたことをきっかけに理学療法士を志す。国家試験合格後、理学療法士として総合病院に11年勤務後、予防医学の大切さを伝えたいと考え、平成26年4月にBody care salon mizizi(ミジジ)を開設。開設当初は一人で整体のみ行っていたが、平成28年4月に店舗移転とともにスリングヨガ導入。現在は整体の他にヨガ指導、訪問看護事業、講師業等行っている。山形県山形市出身、昭和55年生まれの38歳。

奥山 哲氏

片岡英彦氏株式会社東京片岡英彦事務所
代表取締役

京都大学卒業。1994年 日本テレビ放送網株式会社入社。報道記者・ディレクターを経て、アップルコンピュータ株式会社カスタマーコミュニケーション・マネージャー。MTVジャパン株式会社広報部長・社長室長。日本マクドナルド株式会社 マーケティングPR部長。株式会社ミクシィエグゼクティブ・プロデューサーを歴任。 2015年 東北芸術工科大学デザイン工学科企画構想学科 准教授/広報部長。2018年 東京都女性ベンチャー成長促進事業 APT Women メンター就任。現在 Adobe(アドビシステムズ株式会社)学生向けSNS施策の立案。日本テレビグループのLIFE VIDEO社の広報プロデューサー。iPhone 5(au)戦略PRプロデューサー。Yahoo!ニュース「片岡英彦のありがちな話」連載。「東京ウーマン」編集長

交流会
交流会

キックオフイベント参加者を対象にした交流会を開催します。入場無料。
創業に向けた夢を一緒に語り合いませんか。

※講師の津田大介さんはメイントークショー、パネルディスカッションのみのご出演となります。

キックオフイベントは大盛況終了しました。
ご来場いただいた皆様ありがとうございました。

開催の様子

Entrepreneurs File

間宮美華

間宮美華 まみや よしか

2015年創業 とん汁居酒屋 まみ屋|東京都町田市

「人との出会いがうれしい」地域コミュニティの創造を目指し、旧くて新しい飲食ジャンル「とん汁居酒屋」を創業

全くの畑違いからの創業だった。間宮美華氏自身は機械製図の企業でCADオペレーターとして勤めていたが、どこか仕事に対して限界を感じていた。とにかく、自分が「やりたい仕事とは違っているのかも知れない」と感じる日々が続いていた。
できれば、人と触れ合える仕事、楽しさが分かち合える仕事をやってみたいと漠然と考えていた。そうした中、町田商工会議所主催の「創業スクール」のチラシを手にして、がぜん興味がわいたという。
創業スクールは5日間、多数の創業希望者と話し合い、講師の話を聞くうちに「やりたい事」が明確になっていったという。創業講座の中盤からの創業計画の策定を考える段階で、やりたい事は明確になり具体性を帯びてきた。「そう、人と触れ合う、楽しさを分かち合う仕事、それは飲食関連がいいな」と思い創業計画に取り組んだ。

間宮氏自身「なんとかしたい」「なんとかしなくちゃ」そんなモヤモヤした思いに背中を押したのは創業スクールだったという。創業スクール講師の言った「創業は成功するから続くのでは無く、失敗をせず続けることで飛躍のチャンスに出会う。だから無理、無茶、無駄の無いスタートアップがポイントだ」という言葉に従って、当初は営業中のスナックのランチタイムのみを時間借りするという実験的な形でスタートした。それでも、家賃が高額、コスト管理の不慣れのせいで赤字だったが、もともと折り込んでいた範囲だったし、何よりもやっていて楽しかった。
半年も過ぎた頃、現在の店舗を紹介され本格的な開業に踏み切った。自分が好きな「とん汁」と「居酒屋」で行く。店名はそのまま「とん汁居酒屋・まみ屋」、内装はバーの雰囲気、そこにとん汁なので「お客様は二度楽しいかも」と笑顔を見せる。

さるびあ亭かーこ

さるびあ亭かーこ

2015年創業 かーこの紙芝居事務局|東京都町田市

「大人に楽しい、子供に分かり易い紙芝居で日本を笑顔にしたい」 紙芝居の次の可能性を拓く、新たな創業の形

紙芝居師/笑い療法士「さるびあ亭かーこ」は紙芝居で創業。紙芝居との縁は同氏の母がボランティアとして紙芝居で地域の図書館や病院・老人ホームの慰問講演を続けており、本人もそれを手伝う形で自然に紙芝居に入っていったという。ある時、テレビでプロの紙芝居師による番組を見て衝撃を受けた。話の上手さ、説明の巧みさもさる事ながらビジネスとして年収1,500万円を超え、しっかりと成立しているのだ。好きでやっていたボランティア活動がビジネスになると思ったら居ても立っても居られなくなり、気がついたらテレビの企画会社に電話をしていた。やがて、プロの紙芝居師に弟子入り。師匠に「君は変わっているね」と言われた事をほめ言葉と取り、3年後には独立し創業に向かう事になるが、ビジネス(経営)としてどう取り組むべきかが分からず迷っていた。そこに舞い込んだ町田商工会議所主催の創業スクールのチラシ。迷わず受講を決めたと言う。同スクールで経営の基本を身につけ起業に踏み切った。

紙芝居は教育に用いるケースと面白さおかしさが売りとなる街頭紙芝居とに分かれるが、街頭紙芝居は語り手が聴衆を見て対応、場合によっては見ているお客に質問する、いわば双方向型の芸能であり、同氏はその二つを一緒にした形で「面白くて」「楽しくて」「分かり易くて」「勉強になる」の四拍子揃えた独自のスタイルを確立した。 企業の社員教育用から子供達の食育に関わるもの、そして楽しいアニメスタイルまで多岐に亘るジャンルでいまや引く手あまたといった状況だ。 「創業して良かったと思う事は」という質問に「全国津々浦々を回り、老若男女と触れ合い、多くの人に笑顔になっていただけます。こんな楽しい仕事が他にあるでしょうか」と同氏は満面の笑みで答えた。

梅津みき

梅津みき うめつ みき

2013年創業 エレキ酒場オリハント|山形市七日町

私が楽しいから、お客様も楽しい。
「紆余曲折の末」にたどり着いたエレキ酒場。オリハントから 「好き」を仕事に変えるという新たな創業の可能性が見えた

10年以上も慣れ親しんだ会社勤めだったが、突然の配置転換が自らの人生を考え直すきっかけになった。そこには僅かながら好きな事を仕事にしてみたいという起業に対する思いもあった。母に相談すると所有のビルのフロアが空いているからやってみたら、と背中を押された。希望と不安が入りまじる中、山形県商工会連合会主催の創業塾の案内を見て思い切って参加した。創業を夢見る沢山の仲間と出会い、互いに話し合えたのが何よりだった。講座内容は具体的で分かり易く「創業に対して前向きになっていく自分がうれしかった」と言う。母のアドバイスと創業塾が背中を押してくれた。

開業物件の状況から見れば、飲食店しかない。しかし梅津みき氏に飲食店の経験は無い。「でもお客の立場は結構好きだし、いろいろなお店にも行ったし」と、開き直りに近い気分で創業に踏み切る。開店間近になって、店のコンセプトが明確で無いことに気づき、改めて、地元客としての自分ならどんな店スタイルを望むかと考え、「駄菓子バー」にしようと決め、昭和レトロな「駄菓子酒場オリハント」としてスタートする。しかし、経営を続けている中で「最初は珍しがられてもやがて飽きられ、リピートを望むことができないのでは?」という思いが強くなり、オープンから2年程経った頃、自分が好きで納得できる店として現在の「音楽を楽しむ店・エレキ酒場オリハント」にたどりつく。今や、地元のライブステージとして無くてはならない存在となっており、県内外のアーティスト達にも評判だ。地元アーティスト、これからスターダムに乗るかも知れないが無名のアーティスト達との人的な関わりが店の評判の要因かも知れない。ローカルでハイクオリティを目指す必要があるのだろうか? ローカルだからこそロークオリティを楽しめる。ライブはすなわち人と人のコミュニケーションの場であり、無理なく楽しい、が最高なのかも知れない。 自らの「好き」を仕事に変えた梅津氏の未来は明るい。

伊渕南々絵

伊渕南々絵 いぶち ななえ

1996年創業 Art Balloon(アルトバルーン)|山形市城南町

顧客の「想像以上」を追求し、笑顔と感動を届けたい 母のビジネスを支援することから新たな可能性を拓く、 事業承継からの「第二創業」という起業

両親共に事業家という家庭に育った伊渕南々絵氏にとって、創業のハードルは高いものではなかったが、東京で就職している中で、山形に戻り母の事業を手伝う形での創業を試ることには若干の迷いがあったという。それでも、東京で大きな機械の小さな一個の歯車のように働くよりは、故郷であり地域的な繋がりのある中で誰かの役に立ちたい、という思いが勝りUターンを決めた。 同氏の母が創業した「アルトバルーン」はバルーンを使ったショーイングテクニックを駆使して結婚式や各種のイベントを感動的に盛り上げるというサービス業務だ。欧米では一般化しているものの、日本、ましてや山形では馴染みが薄い。母の興した事業を新たな形で本格的に展開したいと考えていた矢先に「山形県商工会連合会」主催の創業塾の情報を得て、早速受講する事にした。経営戦略から営業促進手法、SNSの活用と学ぶ所は多く、受講後は経営に対して前向きになれたと言う。

「クライアントが思った以上のイメージを創り上げる事、それが最大の付加価値だしサービスだと考えています。」そんな思いが通じて、お客様から「本当に良かった!一生の記念だわ、アルトバルーンにお願いしてよかった」と言われた時は本当に嬉しかったと伊渕氏。「今後は母の創ったビジネスモデルに時代性を組み込む形でのイノベーションを進めていきたい。」そうすることで、バルーンを使ったショーイングが身近なものになりビジネスとしての可能性も広がる。 最後に「結婚式・お祝い・ギフトの仕事。誰かが幸せでなければ、私たちの仕事は成り立ちません。そんな幸せのシーンに携わることができるのは、本当に有難いことです。バルーンを通して笑顔が増えるようなシーンを作っていけるよう、これからも努めて参ります」と結んだ。

升元秀行

升元秀行 ますもと ひでゆき

2013年創業 株式会社花実樹|神奈川県海老名市

「父の思いとアイデアを活かし、 旧態依然の業界に風穴を開ける」
IT技術活用で園芸用品のニッチトップを確立する起業家

升元秀行氏にとって「創業」は既定のことであったらしい。学生時代から経営に興味を持ち、40歳には独立創業を目指すと決めていた。同氏の父親は個人事業として果樹や園芸用品の販売を行っていたが、急に病を得て業務を続けることが難しくなってしまう。升本氏は大手企業に勤めるサラリーマン。それでも父の急場を休日を使ってカバーするが病の進行が止まらず、休日を利用するだけの支援では無理な状況に陥る。 実際に手伝ってみると父の事業内容に対して漠然とではあったがビジネスとしての可能性を感じたという。やがて、会社の制度を活用し本格的に父の事業に取り組む。2年後には8年務めた会社を辞め、父の個人事業を㈱花実樹の社名で法人化し、創業者としての取り組みを開始した。

2012年に開催された町田商工会議所主催の創業塾受講を機にインキュベーター施設に入居した。升本氏の創業期(3年間)経営は「慎重」の一語に尽きる。曰く「創業初期に失敗すると取り返しがつかない、失敗を避けて事業を継続すれば必ずチャンスに出会う」との信条で無理、無茶、無駄のない経営計画を立て、ほぼ計画通りの実績を残している。その一方でeコマース型であり、新規参入でもあることから、徹底して「差別化」を意識した品揃えの工夫を欠かさない。新規創業者の多くが3年を経ずして廃業に追い込まれているという中で、出色の事業経営と言って良い。 「今後の夢は?」の問いかけに「この事業を僕自身が居なくなっても続けられるようにすること。企業としてのゴーイングコンサーンの確保です」と答える。起業が社会的企業へ向かう。ここにこそ、起業家の神髄がある。

奥山哲

奥山哲 おくやま さとし

2014年創業 ボディーケアサロンmizizi|山形市馬見ヶ崎

「予防医学で一人でも多くの人を健康にしたい」 癒しと健康の伝道師としての創業

奥山哲氏は山形県内の公立病院に理化学療法士として勤務していた。同院で「肩、腰、膝が痛い」という症状で苦しむ患者達と数多く接してきたが、病院では基準の数値より上回ったら病気と判断し治療をするが、数値には表れない境界線にいる人たちがたくさんいるということに気づいた。勤務を通じて「どういう生活習慣から病気になり易いか」ということを実体験的な知識として得ることができた。こうした「未病」という状態に対して専門の立場から早めに介入してアドバイスをしてあげられれば、10年後、20年後、30年後のその人の人生が変わってくるはず。そうした「予防医学」について広く伝えたいと思うようになり、独立創業を考えた。そうした中で山形県商工会連合会主催の創業塾開催の情報を得て、早速受講を申し込んだ。同塾の講義は具体性に富み、分かり易く、終了段階では創業に対する不安は希望に変わり始めていた。

創業資金の融資を得るための銀行との折衝は慣れぬことで苦労はした。融資担当者への説得力を高めるため複数の高齢者施設のスタッフを対象に無料で施術し、アンケートに協力してもらうなどの聞き取りを行い、その内容と結果をデータベース化し、想定できる見込み客についてまとめて資金調達の資料とした。結果的に銀行からの創業融資を成功させた。 ボディメンテナンス(整体)、スリングヨガ、骨盤ボディメイクなどを通じて、どの部分が正常運動から逸脱しているのかを見つける。今の状態だけでなく、長いスパンを考えて取り組んでいけることが自分の強み。「ここで施術してもらうと、心が晴れ晴れして身体もすっきりすると笑顔で言ってもらえることが何より嬉しい」と笑顔で語る奥山氏にとって創業の未来は明るい。

黒川周子

黒川周子 くろかわ ちかこ

2013年創業 株式会社ベイクウェル|東京都中央区銀座7-8-17

「本格的なフランス菓子を広めたパティシエ、 アンドレ・ルコント」の志と菓子づくりを継ぐ、 新たな創業の形

日本の洋菓子業界でアンドレ・ルコント氏の名を知らない人は殆どいないのではないか。ホテルオークラのシェフ・パティシエとして来日。1968年に東京・六本木にフランス菓子専門店「A.ルコント」をオープン。「万事、フランス流」を信念に本格的なフランス菓子を日本に広めた功績は大きい。その、A.ルコントは黒川周子氏にとって小学生時代の通学路にある大好きな店だった。今、振り返ってみれば「憧れに近いものを感じていたかも知れませんね」ともいう。A.ルコントは2010年9月に閉店し42年の歴史に一度幕を下ろしたが、「現存する最古のフランス菓子専門店」の存続を望む多くの声を受け、黒川氏は「A.ルコント」の経営を委ねられることになる。

本格的なフランス菓子が日本に根付き、それ自体が新たな食文化を形成し、継承されることで伝統となる。黒川氏は本格的なフランス菓子を広めたパティシエ・ルコント氏の志と菓子づくりを継ぐという、新たな創業の形を目指した。「A.ルコントは素晴らしい店でした。ただ、閉じざるを得なくなったということは何らかの点で消費者ニーズとずれていた可能性があった筈です。そのため、コンセプトを守りつつ新たな消費ニーズとの適合を考えざるを得ませんでした。そうした意味で毎日が課題の連続であり、例えば商品開発を試しては、時にまたもとに戻すこともあるといったような試行錯誤の連続です」と。一方、経営面では「旧経営陣が事業清算した後に新たに立ち上げたので、恵まれていた面もありました」と言いつつも、ルコント氏の関係者達の意見も聞くといった面もあり、周囲とスタッフを巻き込みながら万全な経営を目指すという優れた手腕を見せる。広尾店を皮切りに既に4店舗、多店舗化を意識する半面で「現店舗そして商品のさらなるブラッシュアップが先です」と、既にゴーイング・コンサーンに向けた経営戦略感覚を見せる。硬と軟、情熱と冷静、伝統と革新。経営と運営は違う、と明言する黒川氏に次の時代の起業家スピリッツが見て取れる。

土井明日美

土井明日美 どい あすみ

2013年創業 イタリア料理店Buona Forchetta|山形市東青田

イタリアのマンマが作る「イタリアの家庭の味を提供したい」 本場のマンマに教えてもらった味を山形に届けたいと創業

土井明日美氏は東京都内でシステムエンジニアとしてキャリアを積んでいたが、事情で地元山形にUターンすることになる。料理を作るのも、食べるのも大好き、やがては飲食のお店をやってみたいと思っていたという土井氏はイタリア料理に惹かれるところがあり、地元のイタリア料理店に勤めた。彼女のイタリア料理に対する情熱が通じたのか、店主を通じイタリアで料理修業が実現する。

ホームステイでの料理修業だったが、ステイ先のマンマ(主婦)は料理の先生でもあった。初めて出会う本場の本物の家庭料理は日本のイタリアンとはまるで違う物。「ちょっとショックでした」と話す。しかし、マンマ(母)の味は穏やかで、優しく、滋味に溢れていた。「これだ、私が探していたのは」と気づかされた。マンマから言われた「本物のイタリア料理を日本で広めてね」という言葉が心に刺さり、帰国後、「自分が日本で本物のイタリア料理を伝えたい、伝えなくてはならない」と考え、2年後に創業に踏み切ることになる。そんな矢先、山形県商工会連合会主催の「創業塾」を受講する機会を得た。そこでは、起業に関わる大事なことが学べ、創業に向けた自信がついたという。それでも、創業してからの集客には苦しんだ。純粋に「本物イタリア家庭料理」だけを提供したいと思っていても、それを求める人の割合は少ない。明太子クリームパスタ、山菜の和風パスタなど、昔から食べ慣れてきた味が求められた。それでも本物を味わって欲しいという情熱は冷めず、続けるなかで馴染み客も増えてきて経営も軌道に乗り始めている。 「これからは本物のイタリア家庭料理を山形の食材とコラボすることで、Buona Forchettaとしてのオリジナリティを高めて行きたい」と夢を語る土井氏の顔には、創業5年をやり抜いたプロとしての自負が見てとれた。